今週の名言 : 浄慶拓志さん(大徳醤油4代目) [ビジネスパーソン (男性)]
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体に入るものは
良いものでなければならない…
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生産性を重視して
大量生産が主流の
現代の醤油業界にあって
日本人の健康を願う
その強い想いから
選りすぐりの
国産大豆と国産小麦を使い
日本伝統の醸造法で、
1年以上もの歳月をかけて
醤油をつくるという
その志とおいしさに
共感が集まっている
大徳醤油4代目
『浄慶拓志』
さんの言葉です。
拓志さんは1979年
兵庫県養父市(やぶし)
の生まれ
明治43年創業の
「大徳醤油」3代目だった
父親・母親に育てられます。
そんな拓志さんですが
実は幼少の頃は
将来、
家業を継ぐつもりは
全くなかったそうです。
しかしあるとき
父親から聞かされた
衝撃の事実により
その考えが
一変することに
なりました。
父親によると
実は拓志さんには
姉がいたとのこと。
しかも
生まれてすぐに病気で
亡くなったという衝撃の事実。
人間は健康が大事
食は命に通ずるもの
体に入るものは
いいものでなければならない
だからこそ
いいしょうゆを作り続けて
後世にも残していきたい
それが自分の使命!
そんな父親の想いに
強い共感を覚えたのが
きっかけで
この想いとともに
後を継ぐことを
覚悟されています。
とはいうものの
当時の養父市周辺では
醤油屋と言えば
近隣の皆さんから
注文をうけて
車で配達を
するような世界
人口がドンドン
減っていく中で
このままでは
伝統を守り続けるどころか
倒産にさえなりかねません。
最も健康的だと自負する
醤油だというのに・・・
そこで拓志さんは
この伝統的な
醸造法の醤油を
もっと多くの方々に
知ってもらおうと
日本全国を
奔走して周りました。
全国各地で開催される
展示会やイベント
・・・
こうした活動が
実を結び
おいしさと健康にこめた
拓志さんの「想い」に
共感する人々の輪が
次第に拡がっていき
今では
生産が追いつかないほどの
人気となっています。
また醤油づくりの
ワークショップを開いたり
アンテナショップと
キッチンを構えて
伝統的な醤油の
発信基地とする活動などにも
トライされています。
おいしさ×健康
という太い軸をもちながら
こうして日々前を向いて
歩み続ける拓志さんの
生き方
とても
魅力的ですね。
こちらをクリック頂けますと幸いです。
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今週の名言 : 安隨誠さん(鍛冶職人) [その他]
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お客様の声を「聴」き
理想に近づくトライを重ねる…
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兵庫県三木市。
日本で最も古い
鍛冶職人の町と言われる
400年の歴史をいだく
金物の産地です。
この地にあって
注文してから1年待ちという
人気のフライパン職人
安隨製作所の3代目
『安隨誠』
さんの言葉です。
安隨製作所は
誠さんの祖父が立ち上げたもの。
誠さんは
幼少の頃から
鍛冶職人として働く
祖父の姿にあこがれ
将来、鍛冶職人になる!
と決めていました。
当時から
主に農作業用の「クワ」の
製造を行っていましたが
その頃、
祖父から言われたことで
印象的な言葉が
ずっと記憶の中にありました。
会社の名前は
安隨農具製作ではなく安隨製作所
としてある。
だから
将来はクワなどの農具に
こだわる必要はなく
好きなものを
つくったらいい。
そこで
たどりついたのが
フライパンでした。
もともと
クワはいろいろと
手作業の工程が多い商品。
こうした
手作りのノウハウと活かすことで
手作りならではの価値に
共感頂けるのではとの想いが
その原動力となりました。
こんな
安隨さんのフライパンを
Instagramで知った
ベテランのキャンプ愛好家は、
「直径17cm」
「蓋が皿になる」
「湯切り口がある」
「折りたためる」
・・・
つまり調理すべてを完結できて、
持ち運びにも便利な
フライパンをオーダーしました。
安隨さんは
試行錯誤しながらも、
注文をすべて備えた
鉄のフライパンを、
すべて手作りで生み出します。
これがブレイクのきっかけとなり、
安隨さんのフライパンは
キャンパーたちに
大人気となります。
鉄を叩いて伸ばす鍛造は、
叩くことで鉄が高密度になり、
熱伝導率が高く、
高温でしっかり火が通り、
耐久性も抜群です。
打ち叩いた時にできる槌目は、
表面の小さな凹凸によって
油なじみがよくなり、
焦げ付き防止にも役立ちます。
今では
プロの料理人からも
注文が入るほどに。
そんな安隨さんは
キャンパーや料理人
販売店のオーナーなど
実際に商品を
使用いただく方から
たえず課題点・改善点はないかを
お聴きすることを
大切にされています。
ときに解決の難しい テーマを
頂くこともありますが
こうしたテーマこそ
解決すればお客様の共感にも
つながると
決してあきらめることなく
試行錯誤を繰り返し
やがて
求める商品を創り上げていきます。
そんな安隨さんには
将来の夢があると
語られています。
以前から製造している「クワ」と
新しく始めた「フライパン」
どちらも「食」に
関わっているということ
再認識した。
将来は
野菜を育てて収穫し
その場で調理までを楽しめる
場所を創りたい!
今の活動や
未来の活動を通して
鍛冶職人の魅力を発信し続け
鍛冶職人の数を増やしていきたい!
お客様の理想を叶えるために
お客様の声を聴き
楽しみながら知恵を絞り
それを実現していく
安隨さんの姿
とても素敵ですね。
こちらをクリック頂けますと幸いです。
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今週の名言 : 野口典朗さん(とんかつ乃ぐち オーナーシェフ) [その他]
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とんかつ好きな自分だからこそ
究極のとんかつを目指せる…
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大阪・中津に、
いま予約が取れないと
話題のとんかつ店がある。
予約サイトで
予約の受付が始まると
1か月分の予約が
わずか3分で埋まるほどの
超人気店
「とんかつ乃ぐち(HP)」
のオーナーシェフである
『野口典朗』(Instagram)
さんの言葉です。
野口さんは
1978年東大阪市の生まれ
学生時代から
将来はシェフになる!
と決めていた通り
イタリアンの道に進み
有名店での
経験を積み重ね
やがて
共同オーナーとして
自分の店を
もつまでに至ります。
まるで
順風満帆のような
野口さんの人生に
突然
かつてないほどの
逆境が訪れます。
世界中を震撼させた
コロナの影響をうけて
お店は倒産。
残ったのは、
1,500万円の借金。
料理人をやめて
コツコツと働きながら
借金を返していこうと
考えていると
再婚相手の息子から
思わぬ一言が
野口さんに投げかけられます。
最後のチャンスだと思って
自分がやりたいと思うお店を
やってみたらいんじゃない!
息子が
こう言ってくれるんだったら
頑張らにゃいかんやろ!
イタリアンとは別に
高校時代から
好きが高じて
おいしいとんかつ屋を
食べ歩いていた記憶が蘇り
とんかつ屋を
始めることを決意。
その背景にはとんかつは
昔から全く変わっていない
自分が
とんかつの概念を変えたい
そして
究極のとんかつを
お客様に楽しんで頂きたい。
中に肉汁をとどめた
ジューシーで柔らかいとんかつ
しっかりと油をきった
サクサクの衣
豚肉と衣がはがれずに
一体感のあるトンカツ
仕入れた肉の保管方法
使うパン粉の種類とつけ方
トンカツの揚げ方
・・・
細部にまで
トコトン拘ります。
さらには
トンカツは揚げたてが
一番おいしいけど
時間がたつと
おいしさが半減してしまう
ずっと一口目の感動を
味わって頂きたい
との想いから
厳選した銘柄豚の
様々な部位を
コースにして
お寿司のように
一貫ずつ提供
こうして
既成概念を打ち破り
徹底した細部への
こだわりと情熱が
今の人気に
つながっていることが
分かります。
野口さんは
このような新しいスタイルの
とんかつを
もっと日本に広げたい
もっと世界に広げたい
との想いから
今では
大阪とんかつの会
を立ち上げ
意欲的に
活動をされています。
自分は
とんかつが大好き。
おいしいトンカツを
もっともっと知って頂きたい。
夢いっぱいの毎日で
やることがたくさんあります!
満面の笑顔で
語られています。
逆境を乗り越えて
自分のやりたいことに
ワクワクしながら
全力で向きあい続ける
野口さんの生き方に
共感を覚えますね。
こちらをクリック頂けますと幸いです。
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今週の名言 : 小西豊さん(活版印刷職人) [ビジネスパーソン (男性)]
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行動すれば
きっとチャンスは訪れる…
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活版印刷。
紙に圧力をかけて
インクを刷り込む、
原始的な印刷方法です。
昭和の半ばに
廃れてしまった
この活版印刷を使って
まるで工芸品のような
スゴイ名刺を刷る
印刷職人がいる
と評判の
名刺専門の活版印刷工房
「プレスマン」
オーナーであり
活版印刷職人でもある
『小西豊』(X:twitter)
さんの言葉です。
大阪府堺市で
育った小西さん
実家は
大量印刷を得意とする
印刷会社を経営
(活版印刷ではありません)
父親の勧めもあり
高校生の時から
家業を手伝う日々を過ごします。
しかしその頃、
ネット印刷が急速に台頭し
納期と金額だけで
仕事が選別される時代に。
あっという間に
仕事が激減していきます。
ピンチに苦しんでいるときに
たまたま新聞記事にのっていた
当時でもすでに
懐かしいという位置づけの
活版印刷の
ワークショップに参加
凹凸感
あたたかみ
インパクト
味わい
・・・
小西さんはこうした
魅力に取りつかれ
36歳(2013年)の時に
父親のもとを離れて
活版印刷専門会社
「プレスマン」(HP)
を立ち上げます。
こうした行動力こそが
小西さんの原点です。
一度渡したら忘れられない
すごい名刺を創る職人がいると
徐々に評判が広まり
仕事の依頼も増えていきますが
ここにきてまたまた
小西さんに
ピンチが訪れてしまいます。
そうそれは、
世界中の人々が苦しんだ
コロナでした。
コロナにより
ビジネスでの
名刺交換の機会が激減
これに伴い
小西さんの仕事も
ほとんどなくなってしまいます。
何とかしなくちゃ!
このピンチで
小西さんがとった行動が
SNSの活用でした。
SNSを活用することで
若い方々や
これまで
お付き合いのなかった
業界の人々との
新たなつながりができ
かっこいい
おしゃれ
・・・
活版印刷を知らなかった人々に
その魅力への共感とともに
再び
仕事の依頼も増えていくように
なりました。
熟年離婚をされた
小西さんのお母さん
プレスマンを設立以来
ずっと小西さんの仕事を
サポートされてきましたが
コロナの時期に
外にでることが
できなくなってしまったことが
きっかけとなり
急に物忘れが
激しくなってしまいます。
今でも
小西さんの仕事のサポートが
したいものの
工房まで
一人でいける自信がないと断念。
大好きな母親や
母親と同じように
外に出たくても
出ることのできない
お年寄りの役に立ちたい
そんな想いから
活版印刷を活用して
新たなチャレンジも
されています。
こうして
訪れる様々なピンチに
直面するも
持ち前の
明るさと行動力で
前を向いて歩み続ける
小西さんのあり方
とても魅力的ですね。
こちらをクリック頂けますと幸いです。
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